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2019年10月10日 (木)

られる人、る人。

ずっといつも事件や事故のニュースで思うことです。

いつも事故や事件って、起こした人は悪いだけでされた側はかわいそうな人。って報道。

私たちは子供のころ。極端な話なら親と子供としてコミュニケーションが取れるようになった時からする側でありされる側という関係を作りながら生きてきたと思います。

「事」が起きるときは大体理由があって、事件や事故なら警察が調べてるし、学校の問題なら教師が調べたりしてますよね。で、やった側に注意やバツが与えられてされた側はかわいそうに。って話。

やった側は例えば大きな事件を起こした犯人とかだと子供のころからこんな感じで…って調べられて「だから起こしたんだ」って結論付けられてそういうことを起こさないように教育をなんてことになりますが、された側って全部が無罪じゃないと私はいつも思っています。

殺人や傷害とかなら多くの場合何かトラブルがあったわけだし、交通事故だって責任の割合ができますよね。たとえ10割の事故でもじつは自分もブレーキが遅かったとか、理由があるときも多いはず。

その事件を調べるときに、被害者側には「あんたも悪い」なんてなかなか人間の信条として言えないから調べが薄くなって、そこに対する対策が少ないんだと思います。

たとえばあおり運転で捕まる人も増えていますが、あおられる人も右側をいつまでも走っているからあおられるなどの理由があるのに、と思います。

高速の右車線に「左側走行してないとあおられるよ」って書いてあればこのご時世みんな戻って、あおられないだろうとか、いじめに会うやつだって原因がある。

犯罪者を肯定するわけじゃないけど、私もいじめにもあったりあおられたりられた側に経験もあるし。あおった側にもなったしいじめに加担したこともあります。

事故や事件を減らしていくのには、受ける側の対策が不十分であると思います。

私は表示を作ること、人の流れを潤滑にすることが生業です。なのでなるべく人が分かりやすくぶつかりにくい人の流れを作って、トラブルを回避できるようにすることも考えていかなければならないことだと思っています。

報道だけではなくて、

 

 

 

 

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